
出演者は翔田光千穂さん(津軽三味線・民謡)。そして、彼女の三味線の師匠でもある翔田光穂さん(津軽三味線)。こちらの店舗で定期的にライブ活動を始めてから、今年の6月で丸2年を迎える。そんなお二人がステージに現れると客席は大きな拍手で迎えた。
トン テン チン…。
三味線の音を確かめているようだ。食事を楽しんでいた客席に静けさがしんと広がり、演奏の始まりを待つ。照明が落ち青森ねぶた金魚の赤い光と影がユラユラと泳ぎ始めた。店内に描かれたねぶた絵や装飾には全て本物が使われており、天井には吊り上がった太い眉に、大きく眼を見開いた武者絵の迫力は、ねぶた祭りの世界観をより強く感じる事が出来る。「やってまれー!(大阪で言う、いてまえ)」と店員さんの威勢のいい掛け声に、おじさんたちの野太いコールが続く。それはそれで面白いし、若いお客さんも混ざっている。お祭りの宵宮に行き「何かが起こりそう」な予感が当たることを願って、人ごみに紛れ込む瞬間のニヤリを思い出す。このお店にはそんな雰囲気がある。
鼈甲のバチが絹糸の弦を勢いよく弾く。音遊びが面白すぎる!ライブで聴く津軽三味線の音に全身はズブ濡れ。津軽海峡の荒波で心もシビレ始めた。光千穂さんが民謡「よされ節」を歌い出すと、ほろ酔い気分で合いの手が入る。「よされ」とは、「こんな世の中は去ってしまえ」という意味だそう。いい顔して口ずさむ人達がちょっと羨ましい。今日まで音楽の選択肢に「民謡」が無かった。年を取って食べ物の好みが変わってきたけど、今ならブルースやギターの速弾きを聴くより、俄然心に響く。やっぱり私は、日本人なんだな。テーブルには、青森から直送される新鮮な食材を使った、御当地色豊かな料理が並ぶ。傍らには、こちらではなかなかお目にかかれない地酒。「青森」と冠が付くと自分勝手なイメージをつけるが、実際に口に運ぶと「なるほど、これが青森か!」。現実世界は面白い。目から鱗は「海峡サーモンの炙りたたき」、サーモンの脂の違いに驚いた。
光千穂さんと光穂さんの話によると、津軽三味線は昔「乞食芸」とも呼ばれていた背景があり、苦境の中で発展したとのこと。それ故か、他の三味線よりも自由度の高い音楽であったことがうかがえる。さらには、民謡「津軽じょんから節」の前奏が発展したものともいわれているそうだ。ライブで感じた「日本のジャズとブルース」説もあながち的外れではなさそうだ。もう一つ素朴な感想をぶつけてみた。「お客様や子どもの声が音楽に馴染んでいたような気が…」。すると面白い言葉が返ってきた。「本来は家の宴会の賑やかな場で、誰かが三味線を持ち出し『やろか』と言って演奏が始まり、『次は私が』という様だったんです。私達も人が集まるざわざわした中で、美味しい料理とお酒と音楽を存分に楽しんで欲しいから、ここは民謡と津軽三味線を聞いてもらうのにぴったりの場所なんです」。今回のライブで1曲、時代の流れに逆らうようにマイクを通さず、三味線の素朴な良さと民謡が人伝いで受け継がれ時代とともに変化するアナログの面白さを教えてくれたお二人。そして、そんなお二人に新たなジャンルを開拓していただいた私。せっかくだから、この先つらい事にブチ当たった時、「私の代わりに三味線が泣いてくれてるの」。なんて言葉が似合う女になろうと思うのです。
店舗情報 青森ねぶたワールド
青森で獲れた魚介類が翌日には神戸へ。新鮮さが自慢です。地鶏“シャモロック”や銘柄豚“ガーリックポーク”に馬肉などお肉メニューも充実。実際の祭りで使われる「ねぶた」に囲まれながら本場の味をどうぞ!